浦和地方裁判所 昭和26年(ワ)242号・昭26年(ワ)243号・昭26年(ワ)241号 判決
原告 瀬野皖昭
被告 松本自動車工業株式会社
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し十六万六千四十円、及び之に対する昭和二十六年十月二十五日から完済に至る迄年六分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決、竝びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
(一) 訴外株式会社ユーキ塗料店は、被告に対して昭和二十六年六月二十六日から同年八月十四日まで多数回にその営業の部類に属する塗料用シンナー等を別紙目録<省略>第一記載のとおり代金合計四万五千二百五十円を現品引渡と同時に支払う約で売渡し、右訴外会社は現品全部の引渡を了したが、被告は代金の内金五千円の弁済をしただけで残額四万二百五十円の支払をしない。
(二) 訴外佐久間材木店こと佐久間大吉は、被告に対して昭和二十六年七月三日その営業の部類にかかる楢乾燥材を前(一)と同旨の約で代金七万五千四百五十六円で売渡しその引渡を了したが、被告は右代金の支払をしない。
(三) 訴外株式会社二葉屋商店は被告に対して昭和二十六年五月四日から同年八月九日までにその営業の部類に属する窓枠等を別紙目録第二記載のとおり代金合計七万三百三十四円で前(一)と同旨の約で売渡し、その引渡を了したが、被告は、内金二万円を弁済しただけで残額五万三百三十四円の支払をしない。
原告は昭和二十六年十月六日右訴外人等から前記(一)乃至(三)の各債権を譲受け、右訴外人等は夫々被告に対し同年同月七日附内容証明郵便で右債権譲渡の事実を通知し、右書面はいずれも同月八日被告に到達した。
よつて原告は前記(一)乃至(三)の各債権者となつたものである。そして右訴外人等及び被告はいずれも商人であり本訴債権は商行為によつて生じたものであるから、原告は被告に対して右債権合計十六万六千四十円及びこれに対する支払命令が被告に送達された翌日である昭和二十六年十月二十五日から右金員完済に至るまで、商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。と述べ、被告の抗弁事実を否認する。即ち、
(1) 本件債権譲渡は原告が単純にこれを買受けたものであつて、原告は自からの利益のために本訴請求をしているもので、訴外人等のために訴訟をなすことを目的としたのではない。従つて本件債権の譲受は信託行為ではない。勿論信託法第十一条に訴訟行為をなすことを主たる目的とするいわゆる訴訟信託ではない。
(2) 原告の本件行為は弁護士法第七十三条に違反するものではない。即ち、
(イ) 原告の本件債権外十四口の債権の譲受行為は、営利の目的に出たものではない。原告はもと被告会社の営業部長であつて資材購入売掛金の集金等に従事していた関係上、当時被告会社の内紛と経営不振のため会社に対する資材供給業者がその売掛金を督促することに急であつて、原告が直接掛買を交渉した関係上その支払の追求にあつて道義的な責任を感じ、その苦境を免れる為、且つは、原告がこの際各債権を譲受けて一括して単一債権者となれば、被告にとつても多数の債権者からの督促を免れ有利であると思つたため、当時被告会社取締役職務代行者古山貞三氏の意向を聴いた上で、会社の利益のために各債権を譲受けたもので、たとえ額面の三割乃至四割引の価額で譲受けても、被告に対して訴求する費用を考慮すれば不相当とはいえず、原告はこれにより利益を受ける意思はなかつたものである。
(ロ) 原告が各債権を譲受けた行為は継続的なものではない。
即ち本条にいう「業とする」というためには「三百代言」又は「利権屋」という地位に基いてけい続して行うのでなければならない。そしてけい続して行うということは反覆され、それが不確定回数に及ぶことが予想されるものでなければならない。然るに原告はいわゆる「三百代言」でもなければ「利権屋」でもなく原告が譲受けた債権の総数は十七件に及ぶが、それは被告会社に対する債権に特定されているから不確定回数に及ぶことが予想されるものではなく、原告は将来この種行為をなす意図を有するものではない。又支払命令の申立件数も債権譲受件数と同数になつているけれども、これは一括して申立てるともし一部の債権につき数額に争があつた場合全額について異議の対象となることを避けるため、訴訟上便宜分けたに過ぎないものであるから、実質的には支払命令は一件というにも等しい。
従つて原告の本件行為はそれを業とするものではないから、弁護士法第七十三条に違反する無効な行為ではないと陳述した。<立証省略>
被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として被告が原告主張の債権譲渡の通知を受けた事実を認め、その余の事実を否認し、抗弁として、
仮りに被告が訴外人等に対して原告主張のような債務を負担し、且つ原告主張のような債権譲渡の事実があつたとしても、
(一) 原告が本件債権の譲渡をうけて、直ちに被告に対して支払命令の申立をしているのは信託法第十一条にいわゆる訴訟信託行為であるから法律上無効である。
即ち、原告はもと被告会社に雇われて営業並に集金の事務に従事していたのであるが、被告会社が資本金五万円の株式会社であるのに実資産五百万円以上ある有望な会社であるのに嘱目して、当時被告会社の内部に派閥の圧轢があつて営業不振のために被告会社が休業状態にあつたので、被告会社の債権者に対する支払が遅延し債権者が焦慮していた状況にあつたのにつけこんで、原告は前記訴外人外十四名の債権者に対して「被告会社は目下整理中であるから債権はいつ支払われるか不明である。今後は被告会社を整理して自分がこれを経営するから」というて、本件債務を含む十七口約五十万円の債権を三割乃至四割引で譲渡をうけたのである。即ち原告が本件債権の譲渡をうけたのは、単純ではなくて、原告が被告会社を整理してこれを経営するためという目的をもつてなされたものである(そこに信託の目的がある)ところ、原告は右の信託譲渡があつてから数回をいでない昭和二十六年十月十日浦和簡易裁判所に対して本件債権について支払命令の申立(訴訟行為)をしているのであるから、本件債権譲渡は訴訟行為をなさしめることを主たる目的としてなされたものである。
なお本件訴訟の利益が原告に帰属するものであることは争わない。
(二) 又、原告の本件債権譲受行為は弁護士法第七十三条、第七十七条に違反する無効のものである。
弁護士法第七十三条によれば、何人も他人の権利を譲受けて訴訟、調停、和解その他の手段によつて権利の実行をすることを業とすることはできないのであつて、これに違反することは同法第七十七条によつて二年以下の懲役又は五万円以下の罰金に処せられる犯罪行為である。然るに原告は昭和二十六年十月六日頃前記訴外人等を含む十七名の被告会社債権者から総計約五十万円に達する債権を前記(一)記載のような事情のもとに三割乃至四割引で譲渡をうけ、同年同月十日浦和簡易裁判所に対して右債権について支払命令の申立(訴訟)をして、訴訟手段によつてその権利の実行をしている。原告の右の行為は利益をうる目的をもつて反覆して行われたものであるから、原告は前記の行為を業としてなしたものである。
と述べた。<立証省略>
三、理 由
証人古山貞三の証言によれば訴外株式会社ユーキ塗料店、佐久間大吉及び株式会社二葉屋商店は被告に対して原告主張の(一)乃至(三)の合計十六万六千四十円の売掛代金の債権を有していたことが認められる。これに反する証拠は存しない。
そこで、原告本人の訊問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲第一乃至三号証の各一、同第四号証の一、四及び十一の各記載、及び証人古山貞三、高窪良誠の各証言並に原告本人の訊問の結果によれば、原告は昭和二十六年十月六日右訴外人等から本件債権を三割乃至四割引で譲受けた事実を認めることができる。右認定に反する証拠はない。
次に右訴外人等が昭和二十六年十月七日被告に対して本件債権譲渡の事実を書面で通知し、右書面が翌八日被告に到達したことは当事者間に争がない。
従つて原告が前記(一)乃至(三)の債権の譲受人となつたものであり、被告は原告に対してその合計十六万六千四十円の支払債務を負担しているものである。
そこで被告の抗弁について考えるのに、
(一) 被告は本件債権譲渡はいわゆる訴訟信託行為であるから無効であると主張しているが、そもそも信託法第十一条は訴訟行為をなさしめることを主たる目的とするところに信託が存する場合に信託を無効とする旨の規定であると考える。そして信託というのは、財産権の移転(又はその他の処分)があつて、且つ財産権の移転が財産の管理又は処分をする一定の目的をもつことが要件とされ、その一定の目的は委託者(受益者)の利益のためであることが必要であると考える。本件について考えるのに、被告の主張するところは要約すれば「原告は本件債権の譲渡をうけるにあたつて譲渡人等に対して被告会社を整理して自分がこれを経営するからというて三割乃至四割引で譲渡をうけたのである。つまり原告の本件債権譲受行為は単純のものではなく、被告会社を整理して原告がこれを経営するという目的をもつてなされたものであり、そこに信託の目的が存するところ、原告は右信託譲渡をうけた数日内に本件債権について支払命令の申立(訴訟行為)をしているのであるから、本件債権の譲渡は訴訟行為をなさしめることを主たる目的としたものである。なお本件訴訟行為の利益は原告に帰属する」というのである。要するに被告は「会社を整理して原告が経営する」ところに信託目的が存するというのであるから、かかる目的のもとに債権譲渡がなされたのなら、その直後において原告が本件債権について支払命令の申立(訴訟行為)をしたからというて、本件債権譲渡が訴訟行為をなさしめることを主たる目的とした信託となるいわれは毫も存しない。しかのみならず、本件債権は原告が買受けたもので(三割乃至四割引で)本件訴訟の利益は原告に帰属するものであることを被告自ら認めているのであるから、訴訟行為をなすことを目的とするという点では委託者(受益者)の利益のためという要件を欠如するので、本件債権譲渡は信託を成立せしめるものではないといわなければならない。
以上いずれの理由からしても、本件債権譲渡が信託法第十一条に違反するという被告の抗弁は全く理由をなさないものであること洵に明々白々である。
(二) 被告は原告の本件行為は弁護士法第七十三条に違反する無効のものであると主張するので考えるのに、原告が昭和二十六年十月六日前記訴外人等から本件三口の債権を三割乃至四割引で譲渡をうけたことは前記認定のとおりであり、本件債権全額について原告が昭和二十六年十月十日浦和簡易裁判所に支払命令の申立(訴訟)をなし、被告がこれに対して異議の申立をしたので現に当裁判所に繋属中であることは当裁判所に顕著な事実である外、被告代表者松本辰雄の訊問の結果によつてその成立を認められる乙第四乃至十六号証同第十七号証の一、二の各記載及び証人古山貞三の証言並に被告代表者松本辰雄の訊問の結果によれば、原告は被告会社に対する他の十四名の債権者から本件債権と同時に本件債権の外に約三十余万円の債権を同じく三割乃至四割引で譲渡をうけ、右債権全額についても本件債権と同時に同様支払命令の申立をしている事実を認めることができる。右認定の事実を綜合すれば、原告は債権の譲渡をうけて、訴訟その他の手段によつて権利を実行するものであること明らかである。そこで原告が右の行為を業として行つたものであるかどうかについて考えるのに、およそ弁護士法第七十三条にいう「他人の権利の譲渡をうけて訴訟その他の手段によつて権利の実行をなすことを業とする」の「業とする」とは行為を反覆して行う意思と、意思に基く行為の存することを要し、且つそれをもつて足ると解するところ、本件については原告は本件債権の外被告会社に対する十四名の債権者から十四口合計約三十数万円の債権の譲渡をうけ、右債権についていずれも支払命令の申立(訴訟)をしていること前記認定のとおりであるから、原告の本件行為は反覆して行う意思のもとに行われたものと認めることができるので、原告の本件行為は、他人の権利を譲受けて訴訟その他の手段によつて権利の実行をなすことを業としたものと認定するのが相当である。
原告はこの点について、
(イ) 原告の本件行為は会社の利益のためにやつたものであつて、原告に営利の目的はなかつたのであるから弁護士法第七十三条違反にはならないというけれども、同条はいわゆる「三百代言」又は「利権屋」的の行為を禁止する目的であるからいわゆる「三百代言」又は「利権屋」的の行為あるをもつて足り営利の目的の有無はこれを問わないものと解するのが相当である。従つて原告の主張は理由がない。仮りに同条違反が営利の目的を要件とするものとしても原告は三割乃至四割引で本件債権外十四口の債権譲渡をうけて全額について支払命令の申立(訴訟)に及んでいること前記認定のとおりであるから、営利の目的のもとに本件行為をなしたものであること明らかである。原告が本件訴訟について訴訟費用を要することは右認定の妨げとはならない。
(ロ) 原告は又「業とする」というには「三百代言」又は「利権屋」という社会生活上の地位にあるものの行為であることを要すると主張するけれども弁護士法第七十三条は「何人も他人の権利を譲受け、訴訟その他の手続によつて権利の実行をなすことを業とすることを禁止しているのであつて、行為者が「三百代言」又は「利権屋」というような社会生活上の地位にあるものであることを要件とするものではないと考えるから、この点についても原告の主張は理由がない。
(ハ) 次ぎに原告は「業とする」というには反覆され、それが不確定回数に及ぶことを予想されるものでなければならない。然るに本件の場合は譲受債権は被告会社に対する債権に特定されているから不確定回数反覆されるおそれはない。と主張するけれども、現実の譲受債権の範囲が特定者に対する債権に限られているからというて反覆して行う意思のもとに行為がなされたこと前記認定のとおりである以上不確定回数に及ぶ予想なしということはできない。なお原告は支払命令の申立は一件でなすべきであつたものを、もしも一部債権について全額に異議があるため全額について異議の対象となることを避けるため便宜上分けたにすぎないものであるから反覆したとはならないと主張するけれども、反覆して行う意思のもとに本件行為をなしたものであること前段認定のとおりである以上、仮りに原告の主張するとおりの事実であつたとしても、原告が本件行為を業としたという認定の妨げとはならない。
以上説示のとおりであるから、原告の本件行為は弁護士法第七十三条に違反すること明らかである。そして弁護士法第七十三条は、訴訟手続を知るものが債権者の法律知識に疎いのに乗じて、債権を不当に低い金額で買受けて、債権者の損害においてりよう躍するいわゆる「三百代言」又は「利権屋」的の行為を禁止することを目的とする規定であつて、同条に違反することは国民の法生活信念に違反し、さればこそ同条違反の行為は弁護士法第七十七条によつて処罰されるのであるから、同条違反の行為は無効であると解するのが相当である。よつて同条に違反する原告の本件債権譲受行為は無効であるといわなければならない。
よつて、原告が本件債権の譲渡をうけたことを前提する原告の本訴請求は理由がないものであるから、これを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 岡岩雄)